koshiromのメモ

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日本の主権者教育の理想と現実

前回の記事で、日本人の政治への関心が低い理由の一つとして「シティズンシップ教育」、日本でいう「主権者教育」が遅れていることを挙げた。

goover.hateblo.jp

この記事を書くために日本での取り組みも調べたところ、日本の教育課程の基準として文部科学省が告示している「学習指導要領」には、主権者教育で重要な要素が多分に含まれていることがわかった。

 

小学校の学習指導要領解説

社会生活についての理解を図り,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て,国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。

「国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」とは,小学校及び中学校の社会科の共通のねらいであり,小学校及び中学校における社会科の指導を通して,その実現を目指す究極的なねらいを示している。

小学校学習指導要領解説によると、小・中学校の社会科は上記のように「公民的資質の基礎を養う」ことを目標としている。「公民的資質」とは何か?同解説には次のように書かれている。 

公民的資質は,平和で民主的な国家・社会の形成者としての自覚をもち,自他の人格を互いに尊重し合うこと,社会的義務や責任を果たそうとすること,社会生活の様々な場面で多面的に考えたり,公正に判断したりすることなどの態度や能力であると考えられる。

小学校学習指導要領解説 社会編(2008)

 

上記の学習指導要領解説は2008年版だが、この定義は現在も引き継がれており、2017年の学習指導要領解説には下記のように記載されている。

なお,これまで「小学校学習指導要領解説 社会編」等で「公民的資質」として説明してきた,「平和で民主的な国家・社会の形成者としての自覚,(中略)公正に判断したりすること」などの態度や能力は,今後も公民としての資質・能力に引き継がれるものである。

小学校学習指導要領解説 社会編(2017)

 

中学校の学習指導要領

中学校も調べてみた。中学校学習指導要領には、社会科の目標が次のように書かれている。

社会的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者に必要な公民としての資質・能力の基礎を次のとおり育成することを目指す。

  1. 我が国の国土と歴史,現代の政治,経済,国際関係等に関して理解するとともに,調査や諸資料から様々な情報を効果的に調べまとめる技能を身に付けるようにする。
  2. 社会的事象の意味や意義,特色や相互の関連を多面的・多角的に考察したり,社会に見られる課題の解決に向けて選択・判断したりする力,思考・判断したことを説明したり,それらを基に議論したりする力を養う。
  3. 社会的事象について,よりよい社会の実現を視野に課題を主体的に解決しようとする態度を養うとともに,多面的・多角的な考察や深い理解を通して涵かん養される我が国の国土や歴史に対する愛情,国民主権を担う公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図ることや,他国や他国の文化を尊重することの大切さについての自覚などを深める。

中学校学習指導要領

 

中学校の社会科には地理的分野、歴史的分野、公民的分野があり、公民的分野の項目では、より具体的に踏み込んだ記載がされている。

  1. 個人の尊厳と人権の尊重の意義,特に自由・権利と責任・義務との関係を広い視野から正しく認識し,民主主義,民主政治の意義,国民の生活の向上と経済活動との関わり,現代の社会生活及び国際関係などについて,個人と社会との関わりを中心に理解を深めるとともに,諸資料から現代の社会的事象に関する情報を効果的に調べまとめる技能を身に付けるようにする。
  2. 社会的事象の意味や意義,特色や相互の関連を現代の社会生活と関連付けて多面的・多角的に考察したり,現代社会に見られる課題について公正に判断したりする力,思考・判断したことを説明したり,それらを基に議論したりする力を養う。
  3. 現代の社会的事象について,現代社会に見られる課題の解決を視野に主体的に社会に関わろうとする態度を養うとともに,多面的・多角的な考察や深い理解を通して涵かん養される,国民主権を担う公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図ることや,各国が相互に主権を尊重し,各国民が協力し合うことの大切さについての自覚などを深める。

 

日本の小中学校における社会科の目標

行政文書独特の読みにくさがあるため、義務教育における社会科の目標を独自に分類して簡潔にまとめてみた。

 

【公民的資質の定義】

  • 平和で民主的な国家・社会の形成者としての自覚をもつ
  • 自他の人格を互いに尊重し合う
  • 社会的義務や責任を果たそうとする
  • 社会生活の様々な場面で多面的に考えたり、公正に判断したりする

 

【知識】

  • 日本の国土と歴史、政治、経済、国際関係等に関する理解
  • 個人の尊厳と人権の尊重の意義についての正しい認識
  • 民主主義、民主政治の意義、国民の生活の向上と経済活動との関わり、社会生活及び国際関係についての理解

 

 【技能・思考力・判断力・表現力】

  • 調査や諸資料から様々な情報を効果的に調べまとめる技能
  • 社会の課題の解決に向けて選択・判断する力
  • 思考・判断したことを説明したり、それらを基に議論したりする力
  • 社会的事象の意味や意義、特色や相互の関連を多面的・多角的に考察する力

 

 【態度】

  • よりよい社会の実現を視野に課題を主体的に解決しようとする態度
  • 多面的・多角的な考察や深い理解を通してかん養される国土や歴史に対する愛情
  • 国民主権を担う公民として、自国を愛し、平和と繁栄を図ることの大切さの自覚
  • 他国や他国の文化を尊重することの大切さの自覚

 

目標と現状の大きなギャップ

日本の義務教育でこれほど立派な目標を持って学習指導が行われていたとは。。前回の記事で取り上げた内閣府の調査結果を見るまでもなく、近年の日本社会における人権や政治、民主主義などに関わる様々な問題や、それらに対する市民の反応を知っている人なら、その「現状」とこの「目標」とのギャップに驚くのではないだろうか。

実際、学習指導要領の改訂の方向性について議論を行う文部科学省  中央教育審議会 教育課程企画特別部会が2015年8月にまとめた「論点整理」でも、かなり控えめではあるものの、下記のように現状に課題があることを指摘している。

我が国の子供たちについては、判断の根拠や理由を示しながら自分の考えを述べたり、実験結果を分析して解釈・考察し説明したりすることなどについて課題が指摘されることや、自己肯定感や主体的に学習に取り組む態度、社会参画の意識等が国際的に見て相対的に低いことなど、子供が自らの力を育み、自ら能力を引き出し、主体的に判断し行動するまでには必ずしも十分に達しているとは言えない状況にある。

教育課程企画特別部会 論点整理

 

しかし、現状は「必ずしも十分に達しているとは言えない」という表現では足りず、むしろ「達していない」と言い切ってもよいぐらいだろう。

確認のために、やはり前回の記事で取り上げた政治への関心や意欲にかかわる質問の結果を改めて見ておきたい。

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これらの質問について日本は7か国の中で最下位であるだけでなく、どれも6位から10ポイント以上の大きな差がついている。要するにダントツのビリだ。 

さらに国政選挙の年代別投票率を見てみると、10代と20代は特に投票率が低い。前述の調査で政治に「関心がある」と答えた割合よりさらに低い状況だ。

衆院選の年代別投票率

参院選の年代別投票率

総務省|国政選挙の年代別投票率の推移について

 

前述の小学校学習指導要領は2011年から、中学校は2012年から全面実施されている。なので、「公民的資質」の基礎を養うための教育を受けてきた世代は、当時小3のおよそ半数と小4以上の全員が、現在は選挙権を得ていることになる。その世代が国政選挙で投票する機会は、当時の小4、小5は1回、小6は2回、中学生は3回、これまでにあったはずだが、2016年以降の10代、20代の投票率は上がっていないばかりか、むしろ下がっている。

なぜこのような高い目標が掲げられているにもかかわらず、まったく達成できていないのか?前述の中央教育審議会の論点整理では「学校の教育課程や各教科等の授業への理念の浸透や具体化が十分ではなかった」ことを原因の一つとして挙げているが、いまいちわかりづらいというか、腹に落ちない。。

次回以降、中央教育審議会では目標が達成できていない理由をどのように考え、その改善のためにどのような対策を講じているのか、引き続き調べていきたい。

  

参考:やさしい主権者教育 18歳選挙権へのパスポート