koshiromのメモ

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主権者教育が進まない要因

以前の記事で、日本の主権者教育は高い目標を掲げていたこと、にもかかわらずその目標はまったく達成されていないことを書いた。

goover.hateblo.jp

 

主権者教育が進まない要因は66年前に成立した教育二法にあった

その後、様々な文献を調べているうちに、日本の主権者教育が進まない要因の一つとして、「政治的中立性」の問題があることがわかってきた。教育関連の法律で政治的中立性に関わる主な条文は次の3つだ。

 

1.教育基本法第14条第2項
学校は特定の政党を支持または反対するための政治教育や、その他の政治的活動を行ってはならないとするもの。 

2.教育公務員特例法第18条
教育公務員の政治的行為の制限を、国家公務員と同等に厳しくすることとしたもの。

3.義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法第3条
義務教育学校の教職員に対し、特定の政党を支持または反対させる等の教育の教唆及び扇動を行ってはならないとしたもの。

 

2と3は「教育二法」と呼ばれ、1954年に激しい反対運動にもかかわらず成立した経緯がある。当時衆参の文部委員会で実施された公聴会では、多くの有識者が反対の立場から意見を述べている。中でも印象的だった読売新聞社編集局教育部長(当時)の金久保通雄氏、東京大学教授(当時)の海後宗臣氏、東京大学教授(当時)の鵜飼信成氏の意見を引用する。

 

読売新聞社編集局教育部長(当時)の金久保通雄氏

これからの子供は自由な、独立的な、しかも自主的判断を持つた子供をつくらなければいけない。そういう子供をつくる教師が、かりに政治活動を極端に制限され、あるいは自由にものを言えないというような不自由な人間になつてしまつたら、どうしてそういう自由な独立心のある子供を教育することができるか。

第19回国会 衆議院 文部委員会公聴会 第1号 昭和29年3月13日 | テキスト表示 | 国会会議録検索システム シンプル表示

 

東京大学教授(当時)の海後宗臣氏

政治活動が甚だしく制限を受けますというと、教員が政治についての正しい理解が持てなくなつて来ます。そうしますというと政治に関してどのような教育を子供に与えたらいいかということもだんだん明らかでなくなつて来ます。一市民としての政治的な感覚を持たない教員には到底子供の政治教育は託することはできません。従つて私は義務教育の内におけるところの教員を政治的に力のないものに去勢してしまうという結果になつて来る。第二の法案については今後の正しい政治教育のためにこういうものは成立してはいけないと思うのです。(中略)町に出た一市民としての教員の政治活動が甚だしく拘束されて来るというようなことが起りますならば、これは政治的な考え方が教員にできなくなりますから、そういう教員に子供を頼んでおきましたならば、子供の政治的感覚はできなくなりますから、それでは将来の政治は暗黒になりますから、これは容易ならんことだと思います。

 第19回国会 参議院 文部委員会 第27号 昭和29年4月23日 | テキスト表示 | 国会会議録検索システム シンプル表示

 

東京大学教授(当時)の鵜飼信成氏 

政治から離れるということによつて、教育の政治的中立性が得られるかのように見える、又たとえ立法する場合には、そういうことが意図されておらないとしても、現実にはこういう法律が成立することによつて、教育者が政治問題に触れることを恐れて、結局教育の中に正しい政治的判断をする力が養われないような、そういう無気力な教育になつてしまう虞れがある。そういう意味でこの法案については考えるべき点があるように思います。

第19回国会 参議院 文部委員会 第27号 昭和29年4月23日 | テキスト表示 | 国会会議録検索システム シンプル表示

 

海後氏は「将来の政治は暗黒になる」とまで言っているが、実際現在の政治の状況を見ると、残念ながら有識者たちの危惧は現実のものとなってしまっている。

現在の主権者教育では「政治的中立性」への過度の配慮が制約になり、基本的な知識を一方的にレクチャーする知識吸収型の教育に終始してきたとの指摘が多くの有識者からなされているが、その大きな要因の一つは66年も前に成立した教育二法にあると言うことができるだろう。

 特集「教育の政治的中立性」を考える - 明るい選挙推進協会

 

「政治的中立性」の名のもとの牽制や威圧

「政治的中立性」は、近年も時折メディアで話題に挙がっている。最近特に大きな話題となったのは、選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられたときだ。

日本では2015年の公職選挙法改正により選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられ、「主権者教育」を求める声が高まった。これを受け、文部科学省総務省では政治学習用の副教材「私たちが拓く日本の未来」を作成している。

総務省|高校生向け副教材「私たちが拓く日本の未来」

この副教材は、触れられていない点や足りない点などへの批判や課題はあるものの、これまで避けられてきた「現実の具体的な政治的事象」を授業で取り扱うこととしている点においてはこれまでより一歩進んだ内容となっていた。

一方で、教師用の資料「指導上の政治的中立の確保等に関する留意点」では、「政治的中立性」に関わる様々な法律や趣旨、用語解説、FAQに加え、罰則まで細かく記載しており、「政治的中立性」を確保することがことさら強調されている。

指導上の政治的中立の確保等に関する留意点

 

選挙権年齢引き下げ後初の参院選が行われる直前の2016年7月には、自民党がWebサイトで「学校教育における政治的中立を逸脱するような不適切な事例」を具体的(いつ、どこで、だれが、何を、どのように)に記入するよう呼びかける「学校教育における政治的中立性についての実態調査」を実施し、「密告フォーム」と揶揄されて大きな話題となった。この呼びかけ文は批判を受けて一部文言の修正や削除が行われたが、ここでは当初の呼びかけ文を引用する。

党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。
学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。

これを読むと、自民党の文部科学部会では「子供たちを戦場に送るな」という主張は中立性を逸脱する「偏向教育」と判断されていたことがわかる。

教員全体に「政治的中立性」を押しつける政権与党 - 渡辺輝人|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

18歳選挙権時代における「政治的中立性」の扱い - 林大介|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

さらに、自民党はこの過ちを認めないことで、今後も「子供たちを戦場に送るな」といった主張は「不適切な事例」と判断することを示唆している。こうした圧力は、教員を萎縮させて学校における主権者教育の実施を著しく阻害するだけでなく、教員以外の多くの公務員にも悪影響を与える。市民団体の主催する平和や憲法などに関するイベントで自治体からの後援が得られなくなったり、会場を借りられなくなったり、といったケースが全国で増えているのも無関係ではないだろう。

福岡市の後援撤回問題 「戦争展」政治的ですか? 市側「中立保てない」 団体「平和守る立場」|【西日本新聞ニュース】

<くらしデモクラシー>日中戦争写真展、後援せず 文京区教委「いろいろ見解ある」:東京新聞 TOKYO Web

 

これらの事例からわかるのは、昔も今も日本の保守政党では政治教育や平和主義を忌み嫌う議員が大きな影響力を持っているということ。そして「政治的中立性」という名のもとに教員を牽制・威圧し、萎縮させることで主権者教育を阻害し続けているということだ。

では、こうした状況下で主権者教育を進めるにはどうすればよいのだろうか?次回以降、具体的な事例を基に考えてみたい。

 

参考:新藤宗幸「「主権者教育」を問う」